子どもの成長を見守る「親の待つ姿勢」・・その祈りような気持ちがあるからこそ、安心感を与えることになるのでしょう。

子どもは、お母さんやお父さんのことが大好きです。
その期待に応えようと、子どもは子どもなりに、がんばっています。
結果を急いで求めるのは、親としても苦しいものでした。
わが子に「こんなふうに育ってほしい」「こうあってほしい」という『期待』は、親として当たり前のようにあるものですよね。
それは愛するからこその気持ちですが、その思いが強すぎると、子どもはプレッシャーに感じてしまいます。
小さい頃から、聞き分けのいい子になるように、勉強や習い事ができるようにと、親の【要望】を伝えすぎると、子どもは息苦しくなってしまうのではないでしょうか。
思うようにならないときに、「なんで、できないの!」といった感じで、あまりキツく叱ってしまうと「自分はダメな子なんだ」「親に見捨てられるかも」という気持ちを抱いてしまうことにもなりかねません。
私自身、長女が園児のときには、はやく読み書きや、計算ができるようにと教えていたことがあります。
そのときに、結果を急いで求めるのは、親としても苦しいものでした。
子どもを見守る「親の待つ姿勢」
私たち親にとっても子どもにとっても、お互いのために、要望するよりも、期待するのが大事なことかもしれません。
辞書によると、
期待とは、「あることが実現するだろうと望みをかけて待ち受けること。当てにして心待ちにすること」
要望とは、「物事の実現を強く求めること」
( goo国語辞書より引用 )
となっています。
子どもの個性は、それぞれ違っているものであり、その子なりの成長する過程があるとすれば・・
子どもを見守る「親の待つ姿勢」
その祈りような気持ちがあるからこそ、子どもは「大切に思ってくれている」「愛されている」というが感じられ、安心感を与えることになるのでしょう。
同時に、「子どもは何を望んでいるのか」というのを問いかけてみることも必要かもしれません。
子どもの話や、いうことも聞いてあげているかな〜
子どもの存在や、できていることを認めて、「がんばってるね」と心から応援してあげているかな〜
というのも気にかけながら、子どもとふれあう時間を過ごすことで、子どもの自尊心や自信といったものが育っていき、親子の関係もより親密なものになっていくと、私は信じています。